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スペシャル・オリンピックで金メダル
トミー・下田氏、
障害を乗り越えシカゴのスポーツ殿堂入り

 トミー・下田氏(24)が今年3月にオーストリアで開催されたスペシャル・オリンピック・ワールド・ウインター・ゲームにスピード・スケーターとして出場し、500mで金メダル、777mで銅メダルを獲得した。タイムは各々1分11秒035、1分56秒903。トミーはシカゴから出場した唯一の選手だった。
また、トミーのESPY賞(Excellence in Sports Performance Yearly)が7月7日に発表され、シカゴランド・スポーツ・ホール・オブ・フェイムに殿堂入りすることになった。式典は、野球、バスケットボール、アイスホッケー、サッカー、フットボール界の巨匠らの殿堂入りと共に、10月2日にマコーミックセンターで開催される。

 トミーはシカゴの歯科医トーマス・下田氏とギリシャ系アメリカ人バーバラさんの次男。小さい頃にオーティズム(日本語では自閉症と訳される)と診断され、話すことはないだろうと言われた。

Q:トミーはどの様にしてスポーツを始めたのですか?

バーバラ:とてもエネルギッシュで元気な子どもでした。水遊びが好きだったので家の区域内にあるマウント・グリーンウッド・パークで水泳を習わせました。6歳位の時です。

トミー:僕は15種目以上のスポーツをやります。体操、バスケットボール、サッカー、アイスホッケー、ボーリングなどです。12歳の時にマウント・グリーンウッド・パークでスケートを始めました。(音声コミュニケーション装置を通して)

Q:スポーツをする中でトミーの才能に気付いたのですか?

バーバラ:ともかく動いていることが好きでしたから、何でも課題を与えると、一生懸命にやるんです。だからスポーツは彼に自然に合っていたんですね。
水曜日はサッカーと野球、木曜日は水泳とバスケット、土曜日はアイスホッケーという具合です。ブラックホークスのスペシャル・ホッケー・チームのメンバーでもあるんですよ。今年で13回目のシーズンになります。

Q:スペシャル・オリンピック出場者に選ばれたのは?

バーバラ:母親の口からいうのも変ですが、トミーは速いんです。3回の予選を勝ち抜きました。USAチームはイリノイ州に一人の枠しかくれなかったので、トミーが勝てたのはラッキーでした。

Q:最初に500mで銅メダルを取って、次に500mで金メダルを取りました。銅メダルを取った時、どんな気持ちで500mレースに臨みましたか?

トミー:速いスケート、速く!です。(音声コミュニケーション装置を通して)

下田(父):トミーは過去に、友達を喜ばせるために負けてあげたことがあったんです。今度はアメリカを代表しているんだから、速く滑らないといけない、勝とうと全力を尽くせとトミーに言っていました。

バーバラ:レースでは2人のアメリカ人が競い合うことになりました。コーチに聞いたところ、トミーはスタートに強く、もう一人は終盤に強いとのことでした。トミーはロケットみたいに滑って寄せ付けず、ゲームを制しました。短距離なので彼にとっていいレースでした。

Q:トミー、どんな気持ちでしたか?

トミー:金メダルと銅メダルを勝ち取って、とても幸せでした。ベストを尽くしたと思います。(音声コミュニケーション装置を通して)
Q:オリンピックは家族で応援に?

下田:バーバラ、兄のクラークとガールフレンドが行きました。私は3人の旅費を出すために仕事です。費用が出るのはトミーだけなので。

バーバラ:2週間行きました。
トミーはUSAチームと一緒に行くので、私達は別行動でした。これはトミーにとってチャレンジの一つでもありました。両親から離れて自分のことは自分でやって、試合に出てという経験です。
試合の他にもキャンディ工場やお城の見学がありました。これも選手と家族は別行動です。本当にスペシャル・オリンピックは良く組織されていて、選手の世話をよくしてくれました。

Q:トミーのために家族でどんな支援を?

バーバラ:トミーはいい青年です。だから彼がやりたいことをできるように、行きたいところに行けるように、スケジュールをコーディネイトしました。うちは子ども2人ですから難しくありません。私が送迎したり、父親と分担したり。私達のどちらかがいつでも子ども達の要望に応えられるようにしていました。クラークはもう大学生ですから大丈夫です。
家には大きなカレンダーを壁に貼って、トミーのスケジュールを書き込んでいます。それを中心に生活が回っている感じです。そうでしょう、トミー?

トミー:うんうん。

下田:バーバラが全部やってくれたと言っても過言ではありません。私は柔道とレスリングしか知らないが、彼女がいろいろなスポーツを見つけてくれました。
アイス・スケートは三世の女性がクラークとトミーに教えてくれました。それが切っ掛けとなりバーバラがマウント・グリーンウッド・パークにトミーを連れて行って、ブラックホークスのスペシャルチームも見つけて来て、全部彼女のお陰です。

バーバラ:家族のチームとしての努力ですよ。クラークもトミーと一緒にスケートに行ってコーチを助けたり、スケートを楽しんだりしています。

Q:トミーはどうやってオーティズムを克服したのですか?

バーバラ:トミーのオーティズムが分かったのは、彼のエネルギーレベルです。もし子どもがエネルギーに溢れていたら、エネルギーを誘導する道を探してあげないといけません。トミーに合うコミュニケーション手段を見つけるのが最大のチャレンジでした。
オーティズムの子どもはたくさんいますが、音声コミュニケーション装置の開発は簡単ではありませんでした。この分野にはあまり投資が行われず、使い方を指導する病理学者も少ない。今のアイフォンサイズの装置に行き着くまで、長い道のりでした。この装置でコミュニケーションができるようになり、トミーの世界が開けました。彼がこの装置のブログラミングのプロであることも分かりました。トミーは装置を使って話すことができ、彼に笑顔をもたらしました。
今はレストランでオーダーもできるし、買い物したいものも言えます。

下田:殆どの人が知らない手話は、いい方法ではなかった。大型の音声装置は5万ドルもするがプリミティブなものでした。今は技術が進んで、今の装置は4年半前に病理学者が見つけてくれたものです。その前の装置は3.8キロもあり、終日持ち歩くのは大変でした。

Q:トミー、これからのプランについては?

トミー:ウォーターポロ。

バーバラ:それは来年の夏でしょう?体操をやるって言ってたわね。

トミー: イエス。

バーバラ:チャレンジは彼次第です。彼に何か課題を与えると、何でも前向きにやります。この夏始めたウォーターポロもそうです。新しいものはいつも素晴らしい経験になります。
トミーは乗馬も習っているんですよ。彼は馬の世話を7年間やっていました。乗馬を始めたのは19歳です。だからみんなトミーが乗馬に戻って来るのを待っているんです。いつかは乗馬でスペシャル・オリンピックに出られるかも知れません。今まで2回競争に出たことがあるんです。去年はスピード・スケートの訓練で、乗馬はできませんでしたが。

 もしトミーに代わって将来を言うなら、「我々みんなは成長し続けたい。新しチャレンジで経験したい」という事でしょう。総てのスポーツがトミーにチャンスを与えていると思います。
私達はトミーのもっと多くの友人達がトミーの後に続いて欲しいと思っています。

下田ファミリー

 下田氏はデンタルスクール時代に、デンタル・アシスティング・スクールに通っていたバーバラさんと知り合った。下田氏がバーバラさんの車の故障を直したことが縁となり結婚した。
下田氏の曾祖父は侍で医者だった。そして自分は歯科医になる夢を持った。高校時代に日系人の強制収容を初めて知り、なぜアメリカ市民を投獄するようなことが米国にできたのか、法律を学び、弁護士になりたいと思った。
まず歯科医になる夢を果たした下田氏は、弁護士になる意志をバーバラさんに話した。バーバラさんも弁護士になることに同意し、2人はロースクールに通い、2人とも弁護士となった。現在、下田氏はシカゴ市内で歯科院を、バーバラさんは弁護士として実践に当たっている。


Tommy Shimoda in a race


Tommy Shimoda holds his Gold Medal



The Shimoda family